成功と障害の両方をイメージ
長期間のプロジェクトで目標を達成するには、適切な目標設定も大事ですが、目標に向かって努力を続けることが必須となります。
これには粘り強くやり続けやりぬく、自制心が要求されますが、それがあれば苦労しない、という方も多いのではないでしょうか。
目標への心構え、コミットメントを高め、自制心を鍛えるいい方法があります。
それがメンタルコントラスト(Mental Contrasting)と呼ばれる目標設定の手法で、目標達成における成功をイメージするのと同様に、そこに至るまでの障害も明確にイメージすることです。
メンタルコントラストは、ニューヨーク大学・ハンブルグ大学のモチベーション心理学者Gabriele Oettingen教授によって開発されたビジュアライゼーションツールです。
例えば、ダイエットをしようとするとき、スリムになって水着を着て感じる嬉しさや興奮をまずイメージします。
その後に、今のあなたとのギャップ(コントラスト)を考えます。
例えばダイエットの場合、食生活や運動を変えることが必要となりますが、今の自分の食生活や運動の量を考えたときに、暴飲暴食の誘惑や、運動をさぼるなどの障害があることに思い至ります。
これによって、今の自分の行動計画では弱いと気づき、具体的な行動目標の設定に落とし込むことができるというものです。
メンタルコントラストは多くの研究で効果が実証されている有効な手法です。この中の1つの研究を紹介します。
学習のパフォーマンスを向上する。共通テストに向けて、難しい問題を解いたり、学習時間が大きく増える効果があった。
Mental Contrasting – The Good, The Bad and The Ugly – Happier Human
健康の増進や運動の促進、不健康なスナックを減らしたり、フルーツをより多く食べる効果があった。
援助を求める行動や援助を与える行動が増えた。
たばこの消費を減らすための行動が増えた。
試験勉強での実験と効果
実験概要
Pennsylvania大学のAngela Duckworth教授の2011の論文で、学生の試験勉強におけるメンタルコントラストとIf-thenプランニングの組み合わせ技の介入実験の結果が示されています。
Duckworth, Angela & Grant, Heidi & Loew, Benjamin & Oettingen, Gabriele & Gollwitzer, Peter. (2011). Self-regulation strategies improve self-discipline in adolescents: Benefits of mental contrasting and implementation intentions. Educational Psychology. 31. 17-26. 10.1080/01443410.2010.506003.
PSATという大事な試験のために試験勉強中の高校生66人に対して、試験対策のためのワークブックをやるというタスクを与え、どれだけそれをやり通せるかを調査しています。
学生は、メンタルコントラスト(MC: Menetal Contrasting)とIf-Thenプランニング(II: Implementation Intentions)を組み合わせた介入(MCII)を実施するMCII群と、比較対象のプラシボコントロール群に分けられます。
実験セッションでは冊子が配られ、学生は成功イメージとして、PSATワークブックを全部完了できたらどのように感じるかを2点、書きます(例えば、自己肯定感を感じるなど)。また、このタスクを実施する上での障害を2つ書きます(忙しすぎるなど)。
冊子の最後のページは群によって違っていて、プラシボコントロール群では自分の人生において影響を与えた人やイベントに関する小論文を書きます。
一方、MCII群では、以下のように3つのIf-Thenプランを作ります。
- 成功イメージと障害イメージを順番に再度書きとめ、できるだけ鮮やかにイメージする
- その後、2つの障害イメージに対する解決案をそれぞれ書く
- if (ある障害が起きたら) then (解決策を実行)
- 最後にワークブックをいつどこでやるかを実行するIf-thenプランを書く
If-Thenプランニングについてはこちらの記事をご覧ください。
実験結果
実験の結果ですが、MCII群はプラシボコントロール条件の学生群に対して、3ヶ月の期間でPSATワークブックについて60%以上多くの練習問題を達成したとのことです。
この結果は、介入時間の短さ、期間の長さ、実験期間が誘惑の多い夏休みを含んでいたということを考えると驚くべき結果だとしています。
なお、メンタルコントラストとIf-Thenプランニングを組み合わせているため、それぞれ相対的にどれだけ寄与しているのかというところは評価できないとのことです。
ただ、If-Thenプランニングは目標へのコミットメントがないときには効果的でないとの研究もあり、メンタルコントラストとIf-thenプランニングの組み合わせ技は有用と言えそうです。(成人に対する別の実験では、それぞれを単独で実施したときよりも組み合わせたときの方が効果があったそうです)
具体的なやり方
メンタルコントラストのやり方は非常にシンプルです。
1a) 目標の完了に関連するポジティブ面をいくつか考え、書き出します。ダイエットであれば、見た目がよくなる、長生きできる、医療費を安くできる、もっと元気になる、活動的になれる、配偶者の小言がなくなるなど。。
1b)その中で最もポジティブなものにフォーカスし、それらのベネフィットをイメージ(ビジュアライズ)します。より長く、より詳細にやるほど効果があります。
2a)目標を達成する上での障害をいくつか考え、書き出します。ダイエットの例であれば、スナックの誘惑、買い物で不健康なものを買ってしまう、夕飯で食べすぎてしまう、一気飲み、運動のモチベーション不足など。
2b)最も大きな障害にフォーカスし、イメージします。より長く、より詳細にやるほど効果があります。
Mental Contrasting – The Good, The Bad and The Ugly – Happier Human
注意点
メンタルコントラストは、パワフルな方法ですが、1つ注意点があります。
それはメンタルコントラストがうまく働くかは自身が成功にどれだけ自信をもっているかに依存するということです。
人が成功に自信をもっているときに、メンタルコントラストを使うと、ゴールへのコミットメントとエネルギーが増加します。
一方、成功に自信がない人がメンタルコントラストを使うと、ゴールへのコミットメントとモチベーションが下がってしまうということです。
つまりこの手法は自信をつけるための方法ではないということ。
あまりに高すぎる目標や可能性が低い目標についてはメンタルコントラストを使わないようにしましょう。
詳しくはこちらをご覧ください。
まとめ
メンタルコントラストを実践することで、「今自分に足りないものは何か」、そして「何をすべきか」を自覚でき、目標達成に近づけることが出来ます。
ダイエットでも運動でも勉強でもある目標を達成する際には、単純に目標からブレイクダウンして毎日あるいは毎週これをやろうとするだけでは不十分です。
その目標達成を阻むものが何かをイメージして書き出し、対処策まで考えて、具体的な行動に落とし込みましょう。
また、自分だけでなく、他者にも活用できるでしょう。
上記の試験対策の実験を行った論文では、教育現場において教師はこの研究成果を活用できるだろうと言っています。
例えば教師は、クラスルームの時間に学生に成功イメージと一緒に障害もイメージさせる時間をとり、その障害をどう乗り越えるか、回避するかを考えさせるとよいかもしれないとのこと。
If-thenプランまで落とし込めればうまくいく確率はだいぶあがりそうです。
シンプルで強力なメンタルコントラスト、ぜひ試してみてください。
メンタルコントラストについては「やり抜く人の9つの習慣 コロンビア大学の成功の科学」について解説があります。
上記の Angela Duckworth教授は「Grit やり抜く力」の著者ですが、本書も非常に面白いので興味ある方はぜひご覧ください。
TEDの関連動画はこちらです。